デス・オーバチュア
第120話「神も魔も超えた最強種」




その存在はまさに別格。
次元そのものが明らかに違ったのだ。
今はまだ魔王『程度』の力しかないが、いずれは魔皇にも迫り、凌駕するだろう。
そう運命づけられた存在だった。

魔皇……特に光皇は、あえてその存在を生かすことにする。
自分を仇視し、倒せる可能性を秘めたその存在を、見逃し……より速く、より強く育つ環境すら用意した。
その存在が自分を凌駕する可能性を少しでも上げるために……。
まるで、自分を滅ぼす存在に育つのを、心待ちにしているかのようだった。




「ねえ、お姉ちゃん、これからどうしようか?」
「ん〜〜?」
果ての見えない広い広い雪原のど真ん中にクィーンサイズのベッドが置かれていた。
ベッドの上では、よく似た容姿の少女二人が絡み合うようにして、寝っ転がっている。
「あんた、何か眺めてたんでしょう? そっちはもう終わったの?」
髪の短い方の少女は、かったるそうというか、面倒臭そうな表情をしていた。
「うん、終わったよ。レベルの低いチャンバラごっこ……なんなら、今からそこに行こうか? そこが一番数は多いよ〜」
髪の長い方の少女は、きゃっきゃっと楽しげである。
どこまでも無邪気で愛らしい、まさに天使のような笑顔だった。
「ええ〜?、どうせ雑魚にもみたない黴菌ばっかなんでしょう? かったるいわね……ここでこのまま寝ていた方がよっぽどいいわよ」
髪の短い方の少女は本当にかったるそうな表情でそう言ったかと思うと、不意に意地悪げというか悪戯っぽい笑みを浮かべて、『妹』の太股を手でさする。
「あ、やん、お姉ちゃん〜、くすぐったいよ〜」
妹はお返しとばかりに『姉』の太股にす〜っと指をはわせた。
「んっ! あ……あんた、ホント指遣いがいやらしいわね……」
「うふふっ、でね、お姉ちゃん、実はさっき見ていた場所にね、ゼノンちゃんが居たの」
「うわっ、もう見つかったの? じゃあ、速く逃げ……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。今ここには魔王クラスの存在があっちこっちにポンポン居るし、門から瘴気がドババア〜な感じだから、大人しくしていれば特定されないよ」
そう言いながら妹は姉の体中に艶めかしく指をはわせる。
「あっ! ちょっと、こら、やめ……」
「それよりお姉ちゃん、今、あの人が一人で妙な空間に居るんだけど……どうする? 仕掛けてみる?」
「えっ、本当、マジ?」
こそばゆそうな表情をしていた姉がいきなり真顔になった。
「うん、邪魔の入らない、思いっきりやれる空間に引き込まれたみたいだね……いまなら横取りというか、乱入できるよ〜」
「そうね……一度殺り合ってみるのもいいかもね。あたし達がどれだけあいつに近づいたのか、あいつがどれだけ力を失ったのか……確認は必要よね?」
「そうだね。でも、返り討ちで滅ぼされたらモトもコウもないよ、お姉ちゃん?」
「うっ……それもそうなのよね……やっぱりもうちょっと静観しましょうか?」
「それが無難だと思うよ。今ここはいろんな雑菌さん達の思惑がこんがらがっているから下手に飛び込まない方が……」
「うん……あ、ん……て真面目な話している時ぐらい、その指止めなさい! ちょっとお尻は……あん」
「じゃあ、そういうことで……ここで遊ぼうよ、お姉ちゃん〜!」
「遊ぶ!? ちょっと、あんた、まさか実の姉を弄ぶ気……やあん……あっ……皇鱗、やめなさ……」
「うふっ、感じやすいね、お姉ちゃんは……て、違うよ、お姉ちゃん。別にお姉ちゃんで遊ぶんじゃなくて……」
否定しながらも、皇鱗は姉を愛撫……弄ぶ手はゆるめない。
「適当な相手がもうすぐここに来るから、その子で遊ぼう……て、もう来てた。こんにちわ、初めまして」
皇鱗は天使のような笑顔を浮かべると、その存在に友好的に挨拶をした。



クロスは固まっていた。
どうリアクションしていいのか流石に解らない。
雪原のど真ん中にいきなりベッドがあっただけならともかく……そのベッドの上でじゃれ合っている双子らしき少女達を発見してしまったのだ。
双子の一人は、にこにこと無邪気な笑顔でこちらに手を振って挨拶している。
「ねっ、面白そうな存在でしょう?」
黒の長い髪を同じく黒の大きなリボンで一房に束ねている方の少女がクスクスと笑いながら言った。
「そうね、得体が知れないというか、訳が分からない……てのは興味深いわね」
もう一人の方は、髪を首までの長さで綺麗に切り添えていた。
どこかの国の神官服だろうか、とことん露出のない漆黒の衣服、本来唯一の露出部分の筈の手首に手袋をしている上に、漆黒のマントで全身をくるんでいる。
一言で言えば、首から下には一切の露出が無いのだ。
「じゃあ、わたしが先に遊ばせてもらっていい? お姉ちゃん」
「好きにしなさい、皇牙ちゃんはまだ眠いのよ〜」
皇牙と名乗った少女は、欠伸を噛み殺す。
「うふふっ、きっとすぐに眠気が覚めると思うよ。皇鱗行きます〜」
皇鱗と名乗った少女はベッドから立ち上がると、 黒のイヴニングドレス(夜会服)の乱れを直した。
そして、ゆっくりとした足取りで、クロス達の前まで歩み寄ってくる。
「改めて、初めまして。わたしは皇鱗と申します」
皇鱗はドレスの裾を両手でつまんで、上品に挨拶をした。
「あ、はい?……初めまして。あたしはクロスティーナ・カレン・ハイオールドよ、クロスでいいわ」
クロスも戸惑いながらも挨拶を返す。
「では、クロス。出会ったばかりで恐縮ですが……一曲踊っていただけませんか?」
「踊り?」
「まあ、平たく言うと、拳で語り合わないかって意味よ」
ベッドの上でだらけている皇牙が皇鱗の代わりに答えた。
「あ、お姉ちゃん、口挟まないでよ〜、せっかく気取って挨拶しているのに〜」
皇鱗は可愛らしく拗ねたような表情を浮かべる。
「あんたの前置きは気取っている分、解りにくいのよ。挨拶代わりに屠り合いましょうでいいじゃない」
「もう、お姉ちゃんは殺伐とし過ぎてて優雅じゃないんだから……でも、お姉ちゃんのそういう野性的で大雑把なところ男らしくて好きだよ〜」
「……欠片も誉められている気がしないというか、嬉しくない……まあ、好きにやんなさい」
「うん、そうするね」
皇鱗は満面の笑みを浮かべると、姉からクロスに向き直った。
「大変失礼致しました……で、受けてもらえるかな?」
気取るのをやめたのか、後半は甘えておねだりする子供のような感じである。
「いいわよ、銀髪の魔女クロスティーナ……その挑戦受けて上げるわ」
クロスは拳を強く握りしめて応え(答え)た。
「お嬢様、そのような理由のない戦闘は極力回避……」
「ファーシュ、あなたは下がっていなさい」
クロスは視線は皇鱗から一瞬たりとも離さず、背後の従者たる紫のメイド少女に命じる。
「いえ、お嬢様、私も……」
「あ、そこの侍女さん、別にいつでもご主人様に加勢していいよ。多分無意味だろうけど……じゃあ、始めようか?」
「ええ、いつでもいいわよ」
クロスは両手の拳を打ち合わせた。
ファーシュにはこの戦闘の必要性が理解できないだろうが、そもそも戦闘に必要性や必然性などクロスは求めていない。
ただ戦ってみたいから戦う、言葉よりも手っ取り早く互いを理解するために戦う……この戦闘理由はそんな程度だ。
そんな程度の理由で、相手を滅し、自分が滅される可能性を覚悟し……本気で戦えるのだ。
この感覚は、魔界に居た頃に近い。
「魔族……いや、ちょっと違うか、物凄く得体が知れない……でも、滅茶苦茶強いってことだけは解る……」
皇鱗という少女はまだ戦闘態勢に入っていない、物凄く自然体だ。
「では、武闘(舞踏)を始めるね〜」
皇鱗の体が緩やかに動き出す。
「音楽が無くて寂しいけど、楽しく踊ろう〜」
皇鱗は踊るように軽やかに宙へと飛翔した。



舞うような体術というのは見たことがあった。
相手の力を受け流すのが主体な、破壊力よりも動きの切れを優先する体術。
アクセルなんかの体術もそんな感じだった。
けれど、この皇鱗という少女のは……舞うような体術ではなく、ただの舞いが体術……攻撃手段になっているという方が正しい。
皇鱗は一瞬でクロスの目の前に降り立ったかと思うと、ダンスのターンのようにクルリと回転し、その際にクロスを軽々と蹴り飛ばしたのだ。
「……っ……とっ……」
ここは果ての見えない広大な雪原であり、大木も岩も壁もない。
それゆえに、かなりの距離を吹き飛ばされてしまった。
「……凄く軽そうというか力をまったく入れてなそうなのに……この威力って……あ?」
ようやく体勢を立て直すと、皇鱗の姿が消えている。
クロスは瞬時に、視覚以外の五感で皇鱗を関知しようとした。
「上っ!?」
気配を感じ取ると同時に後方に跳ぶ。
直後、降下してきた皇鱗が、クロスの目の前の雪原を貫いた。
その回転はドリルか何かのように激しくありながら、決して優雅さを失わない。
「あ、そうか、ここだと埋まっちゃうんだ……」
クロスの目前の雪原に生まれた大穴の中から皇鱗の声が聞こえてきた。
「全体重と重力を乗せて相手を踏み潰し、そのまま回転で踏みにじる……いや、ねじ切るのか……優雅に見えて結構えぐいわね……」
例えるなら、巨大なドリルに脳天から、踏み抜かれるといったところだろうか。
「よっと〜」
大穴から飛び出てきた皇鱗は、重さが無いかのようにふわりと雪原に着地した。
「事前に教えてあげるけど、素手でわたしを殴ったりしたら絶対に駄目だよ〜、腕が跡形もなく粉々になっちゃうから〜」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、皇鱗は一足……ワンジャンプでクロスの目の前に移動する。
そして、彼女の右手が青く輝いたかと思うと、次の瞬間クロスは真横に派手に吹き飛ばされていた。
「あ、両手でガードできたんだ。でも、頭蓋が吹き飛ばなかった代わりに折れちゃったね、その両手……」
「っっぁ……ただの張り手?……十字受けした両手の骨が粉々じゃない……」
複雑骨折……いや、文字通り骨を粉々に『粉砕』されたのである。
「なんか懐かしいというか……なんとなく解ってきたわ、あなたの戦闘スタイル……そして、あなたがどういう存在なのか……」
クロスの懐から零れるように赤い絵札が落ちたかと思うと、白い清らかな閃光を放って消滅した。
「うん、ホント良かったわ、これ買っておいて」
クロスは粉砕されたはずの両手の手首をブラブラと振ってみせる。
「神聖系の回復魔術? 使えるの? 信仰心欠片も無さそうなのに……」
「勿論、欠片も使えないわよ、神様のご加護なんてね。これはここに来る前にカード屋で買っておいたカード。あらゆる魔術や武器なんかを封じ込めた使い捨ての力よ」
「カード?……へぇ、今の地上には便利なものがあるんだね」
皇鱗は素直に感心したように呟いた。
「あたしも今日までこんな物があるなんて知らなかったけどね。馬鹿みたいに高かったのよ……どのカードが入っているか解らないランダムパックならまあ法外な値段じゃないんだけど……特定のカードを選んで買おうとすると法外もいいところの犯罪的値段なのよね……まあ、それはともかく……」
クロスは、胸の前で両手の拳をぶつけ合わせる。
「輝き叫べ、神魔(しんま)の拳! 打ち砕け、あたしのシルヴァーナ(銀光)! 舞い上がれ、あたしの中のセレスティナ(神の鼓動)!」
クロスの両手袋に埋め込まれた赤い宝石の中に六芒星が浮かび上がると、赤と銀の閃光を放った。
「実感を持って、あなたの忠告の意味が解った。ここからが本番よ、もうあなたが素手なのに狡い気がするなんて思わない……だって、あなた……」
クロスの両手には銀色に輝く壮麗な籠手が装着されている。
「この神魔甲と互角……ううん、凌駕する程『硬い』でしょう?」
クロスはかなりの確信を持って発言した。
「あ、解った? その手甲がどれほどのものかは解らないけど……わたしはこの世でもっとも硬いよ〜」
「地上の物質じゃ、皇鱗には擦り傷一つつかないわよ。皇鱗を傷つけたかったら、最低でも神柱石で作った武具……完全に破壊したいなら、星斬剣でも持ってくるのね」
ベッドに横になりながら、こちらを眺めていた皇牙が口を挟む。
「十神剣じゃないと硬度的には話にもならないってわけね……ちょっときついかな?」
「そうでもないよ。多分その手甲は硬度的には神柱石に限りなく近いよね? オリハルコンや神銀鋼あたりの合金かな? 目検討だけど……」
「その通りよ、他にもいくつか混ざっているけど……よく見ただけで解るわね……」
「硬度はそれなら悪くはない……後はあなたの闘気や魔力、つまり、その手甲に込められるエナジーの強さ次第だよ」
「……言いたいことは解るわよ」
同じ金属でできていても、使う者の腕力や闘気……エナジー次第で威力とは無限に変動するのだ。
硬度の劣る金属で優る金属を打ち砕く、それができるのが使用者のエナジーの質と量。
それ次第では、鋼でオリハルコンを斬ることとて夢ではないのだ。
「わたしの硬さは、神柱石よりワンランク上ってぐらい……神柱石よりワンランク落ちる合金で、わたしを打ち破るには二ランクの差をあなたのエナジー……力で埋めなくちゃならない……あなたにそれができるの?」
「やってやるわよ! 異界竜の牙とだって互角に打ち合えたんだし……」
「異界竜の牙? それってこれのこと?」
ベッドの上の皇牙が無骨な一本の剣をこちらに見えるようにブンブンと振り回していた。
「えっ、ちょっとなんで、あなたがそれを持っているのよ!?」
「まあ、いろいろとあってね……それより、コレとあたし達を一緒にしない方がいいわよ。確かに、広義な意味であたし達はこれと同じ素材だけど、同じ金属や鉱物にも良質なものと悪質なものがあるでしょう? 皇牙ちゃん達は最高級のコレなわけよ」
「ち、ちょっと、待って……異界竜の牙と広義な意味では同じ素材ってことは……あなた達の正体ってまさか……」
「あ、違う違う。十神剣と違って、コレ(異界竜の牙)は人型に化けたりしないわよ」
皇牙は勘違いしちゃ駄目とばかりに、手を左右に振って否定する。
「そ、そうよね……」
「そうよ、正しくは皇牙ちゃんの牙一本分がコレなのよ」
「なあああああああああああっ!?」
「て言っても、こんな有象無象の一般兵の牙と皇牙ちゃんの高貴なる牙を一緒と思っちゃ駄目よ。皇牙ちゃんと皇鱗はこの次元に存在する最後の異界竜にして……異界竜皇……つまり、異界竜の皇帝の遺児、神も魔も超越したこの世で最強の種なのよ!」
皇牙はどうだ恐れ入ったか、頭が高いとばかりに胸を張った。
ベッドにだらしなく寝っ転がったままで……。
「お姉ちゃん、そんな偉そうにしたって、人間なんかに異界竜のことが解るわけ……あれ、もしかしてよく解ってるの?」
蒼白な表情で押し黙っているクロスを、皇鱗は意外そうに見た。
「……ええ、『この世界』が存在する前の刻の話なんで詳しくは知らないけど……要は異界竜ってのは古代神族を全て喰い殺した……異界からの来訪者……異形の神々なんでしょう?」
「へぇ、それだけでも解っているなんて凄い博識だね。異界といっても、この地上や悪魔界や魔界と言った繋がりの深い世界のことじゃない……本来なら絶対に繋がることも関わることもない遙かな別次元……いや、別宇宙って言うべきかな? そこからわたし達はやって来たんだよ。正確なことはその時まだ生まれてなかったわたし達には解らない。わたし達はこちらに来てから生まれたから……」
「…………」
話がでかすぎる。
ここで言う次元だとか、宇宙というのは、魔界や神界といった七つの大世界と無数の小世界を一纏めにした全ての世界群のことだ。
別次元、別宇宙とは、こことはまた別の全ての世界群……世界のグループとでも言ったものである。
地上に例えるなら、国が世界、大陸が宇宙(次元)といった感じだ。
「まあ、わたし達から見れば、現在存在する神や魔なんて、全て雑魚なの。そして、あなた達人間は雑菌ってところかな?」
「黴菌よ、黴菌、世界に害をなす存在だから」
皇鱗の発言に皇牙がそう付け足す。
「…………」
「あまりの凄さ……皇牙ちゃん達の存在の違いに戦意も無くなっちゃった? 皇牙ちゃん達以上に、『次元が違う』という言葉が似合う存在もないわよね」
「……じ……よ……」
「え、何?」
「上等じゃない!……と言ったのよ。相手にとってこれ以上の不足無し! 最古にして最強の異物……生きた異界竜……こんな究極の化け物と戦える機会が巡ってくるなんて思いもしなかったわ!」
クロスの体中から異常なまでに凄まじい魔力が溢れ出した。
「わたし達の正体が解ってもなお……本気で戦うつもりなの?」
皇鱗は信じられないものを見るような目でクロスを見る。
「当たり前よ! 異界竜と戦う機会なんて今後一生多分ないもの! こんなチャンス逃すわけないでしょう!」
「…………」
「あははははははっ! 凄い馬鹿だ、こんな見事な身の程知らず……初めて見たわ」
皇牙はベッドから飛び降りると、一瞬で皇鱗の真後ろまで移動した。
「メンバーチェンジよ、皇鱗」
皇牙は物凄く楽しげな笑みを浮かべながら、妹の肩を叩く。
「お姉ちゃん?」
「あんたの言うとおり眠気なんて吹き飛んだわよ。この馬鹿には見せてあげなきゃ……最強の異界竜の強さをね」
「お姉ちゃん、わたしじゃ役不足だって言うの〜? まさか、負けるとか絶対ありえないことを言……」
「そんなわけないでしょう、馬鹿ね。ただね、あんたは牙じゃなくて鱗、防御力や技術力ではあたしにも優るけど、純粋な攻撃力や破壊力……『鋭さ』では劣るでしょう? この馬鹿にはせっかくだから、最強の牙の鋭さを見せてあげたいのよ」
「…………」
皇鱗は不服そうな顔で姉を見つめていたが、やがて諦めたかのように息を吐いた。
「解ったわ、お姉ちゃん。その代わり……」
「何よ?」
「うふふふっ……」
皇鱗はなぜか顔を上気させて、妖しげな笑いを漏らす。
「うっ……?」
「この貸しは大きいからね。この未消化な猛りは後でお姉ちゃんにぶつけさせてもらうんだから〜」
「ぶつけるって……戦闘?」
「うん、ベッドの上の戦闘〜♪」
「げっ……」
「じゃあ、そういうことでここをお姉ちゃんに譲ってあげるね〜」
皇鱗はワンジャンプで、遙か後方のベッドの上まで後退した。
「あなた達って……もしかして、姉妹で……そういう関係なの?」
「そうよ、悪い?」
「ううん……羨ましい……」
「はいっ?」
「なんでもないわよ! さあ、じゃあ、始めましょうか!」
クロスの体から溢れていた魔力が、爆発するように何倍にも高まる。
「長い戦いにはならないわ。おそらくアッと言う間のできごと……でも、あなたは幸せよ。この世で最強の牙と爪……そして、力を見ることができるんだから……」
皇牙は手に持っていた異界竜の牙を大地に突き刺した。
「使わないの?」
「使う分けないじゃない、皇牙ちゃんの爪と牙の方がこれの何百倍も強いんだから〜」
皇牙の手袋の先端を突き破って、鋭く美しい爪が姿を見せる。
「気合いをいれなさいよ。我が牙の前では例え神柱石できた防具ですらエナジーが注がれていなければ薄紙に過ぎない」
皇牙の右手が一瞬ぶれた。
次の瞬間、異界竜の牙が五分割されて呆気なく崩壊する。
「うわ、お姉ちゃん、酷い〜、その子が可哀想だよ〜」
皇牙は、背後から聞こえてくる皇鱗の非難の声は黙殺した。
「これがただの遺物に過ぎない『牙』と生きた『爪』の違いよ。その手甲以外で受けたら、その手甲に注ぐ力が少しでも弱まったら……その時があんたの終わりよ……よく覚えておきなさい」
皇牙の顔から楽しむような笑みが消えていき、紅玉の瞳がその赤さを際限なく増していく。
「その身で知るがいい、この世で最強の種の牙をっ!」
「真っ向から受けてやるわよ、この銀光の拳でっ!」
皇牙とクロスはまったく同時に、相手に向かって飛びかかっていった。












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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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